陸軍直営の火薬製造所
荒尾製造所主要施設配置図 (2021年5月修正済み) 赤丸は平和資料館 荒尾二造市民の会冊子(70年目のよみがえる青春」より
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始まった火薬工場の建設
昭和15年(1940年)火薬工場建設の為、東京第二陸軍造兵廠熊本出張所を設置 写真の後方の建物(バラック平屋建造りの東西2棟の建物から出発)(のち共栄会)昭和15年~17年にかけ、幹線道路、支線道路、循環道路整備、同時に本部建物・医務室・官舎・宿舎・工員寮・学生寮・工場建物、用地整地と進み、次々に工場の主要な建物が建設。16年4月からは毎月2回従業員の採用が開始。
終戦時、工場用地内には建物の総数は500棟以上が残存。 工場建設に携わった人員は、最も多い月で一日1000人程働いていた。 (工場建設や道路建設には、朝鮮半島出身者も多く働いてた。国立公文書館アジア歴史センター防衛研究所編資料には、昭和15年10月時点で250人が工場建設に従事、同年11月10日には朝鮮半島出身者一人の死亡が明記されている。)
昭和15年東京第二陸軍造兵廠熊本出張所での集合写真(松山光子さん提供)
陸軍火薬のミニ知識