終戦!!

 昭和20年(1945年)8月、広島への新型爆弾投下(原子爆弾)の連絡は荒尾製造所の幹部軍人と一部の関係者は知っていた。8月9日長崎にも新型爆弾投下、有明海に面する町や村の人々(荒尾市も含め)は閃光と、立ち昇る原爆雲を見た人が多くいた。

 ポツダム宣言受託、8月15日、日本国民は玉音放送により終戦を知らされました。

 戦闘地になった各国々の内外でも多くの国の人々が犠牲になり、死者の数は日本では約300万人、 世界全体ではなんと約8500万人です、その中には戦争が原因の飢餓による死者数も約2000万人(統計は、各出版物により大きな差異があります)といわれます。亡くなったのは人々だけではありません。軍用馬・軍用犬・家畜や野生の動物等たくさんの命あるものが死にました。国々の都市・町や村、歴史的建造物・家屋は焼き払われ、道具や機械なども崩され、生活の場も失われました。この様に戦争はかけがえのない命を奪い大きな犠牲を出します。


東京第二陸軍造兵廠荒尾製造所 平和資料館

第二次世界大戦時、国内最大規模で敷地面積100万坪を有した旧陸軍の火薬工場がここ荒尾市にあった。 「東京第二陸軍造兵廠荒尾製造所」通称を荒尾二造(あらおにぞう)と呼び、学徒を含む3000人弱の男女が働き、火薬・炸薬( 爆薬)類を製造、 陸軍小倉造兵廠(現北九州市)で砲弾や爆弾、地雷となり戦地へと送られた。 私達は荒尾二造の調査・記録・保存活動・啓発活動を通じて平和の大切さを伝えています。